トマスは驚いた。彼は、ウォーターがこの裁判の勝訴の見込みや、今後の処遇について聞いてくるものと思っていたからだ。自分の身を案じるのに精一杯だろうから、少し安心させてやろうと、悪く言えば高をくくっていたのである。

 そしてトマスは、この疑問に答えてやるべきか逡巡した。ウォーターは事件の背景を知らない、それはつまり、ミセス・ハーヴェイは「あえて」それを教えていないということである。はたして、真実を知ることは本当にウォーターのためになるのだろうか。見るからに善良なウォーターを、陰謀うずめく闇の世界に引きずり込むことにならないか。

 とはいえ、既にウォーターは十分事件に関わってしまっている。いまさら無関係の他人を装ったところで、「敵」は許してくれるものだろうか。同じ危険の中ならば、右も左もわからぬよりは、自分の敵くらいはわかっておいたほうがましという考え方もできるのではないか。

 トマスは結局、ウォーター自身に判断をゆだねることにした。

「……言っとくが、君がそれを聞いたところで、できることなんて何もない。君に及ぶ危険が増すかもしれない。そんなの、知らないほうが幸せさ。それでも、どうしても知りたい?」

「ああ、もちろん」

 その返事に、迷いはなかった。さあ、はやく、と言わんばかりに、ウォーターはトマスに顔を近づける。

「……オーケイ、わかったよ。僕の知ってる限りのことは教えよう」

 やれやれ、トマスは両手を上げて降参のポーズをとった。まったく、なんだってそんなに知りたがるのか。好きな女の子の秘密じゃあるまいし……。つい口に出たつぶやきは、ウォーターには聞こえなかったようだった。

「ありがとう、恩に着るよ!」

 手を取ろうとするウォーターをおさえて、トマスはひとつ咳払いをした。

「さて、話を始める前に、いくつか頭に入れておいてほしいことがある。一つ、今から言うことは、あくまでも僕の憶測に過ぎない。僕はこの件に関しては部外者だ、全てを理解しているわけじゃない。僕の話を、なんでも鵜呑みにはしないこと。二つ、君が真相を知らされていないのは、ミセス・ハーヴェイの配慮だ。真実を知るには、相応のリスクを覚悟する必要があるということ。三つ、この話を僕から聞いたとは誰にも言わないこと。あまり公に出来ないことを話すことになるし、僕だって巻き込まれるのは怖いからね。ここまで、いいかい?」

 わかった、ウォータは神妙な面持ちで大きくうなずいた。リスクと覚悟、その言葉にもためらいはしなかった。ウォーターは。女王陛下のことを少しでも知りたかった。なぜだか、知らなくてはいけないような気がしていた。

「オーケイ、いい返事だ」

 トマスは、自分の中でのウォーターの評価を少し変えていた。「どうしてなかなか、肝の据わった奴じゃないか。これならば、ちょっとくらいショッキングな事実を知らされても、問題あるまい」と。もちろん、それは誤解であったが。

「竜を暴れさせて、女王陛下に危害を加えようとした奴がいる。君のは冤罪だが、何者かそれを仕組んだ者がいることは疑いようのない事実だ。一体誰が?まず疑うべきは、女王陛下がお亡くなりになると、一番得をする人間だ」

 誰のことかわかるかい、トマスはウォーターに水を向けた。

「…………ゴール王国の奴等だ!」

 ウォーターはギリ、と歯噛みした。

 ゴール王国は、島国アヴィリオン王国と海をはさんで隣接する、東洋世界でも指折りの大国である。アヴィリオン王国にとっては、領土問題で数百年も争い続けてきた宿敵でもある。

「畜生、陛下のお命を直接狙ってくるとは、陰湿な連中のやりそうなことだ」

「……いいや、残念ながらそれはハズレだ」

 しかしトマスはあっさりと、ウォーターの推論を否定した。

「女王陛下を暗殺したとしても、ゴール王国がすぐに何か得るわけではない。介入の糸口くらいにはなるかもしれないけどね。ゴールとはここ十年、停戦状態が続いているし、いきなりそんな暴挙に出るとは考え難いな」

「…………なら、他に誰が。北のアラゴナ王国か、それとも南のゼーラント共和国?」

 トマスはそれにも首を振った。

「違う違う、そういうことじゃあないんだ。他にいるだろう、もっと直接的に利益を得る人間が」

 トマスはウォーターの耳元に口を寄せてささやいた。

「王太子殿下さ」

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