「おおい、貴様、何をやっている!」

 ウォーターとロシナンテを囲む竜騎兵たちをかきわけ、一人の男が現れた。中肉中背、色黒で精悍な顔立ち、口元に整えられたまっ黒いひげ。派手なつば広の羽帽子をかぶり、一人白地に赤十字のマントを羽織っているところを見ると、どうやら上役の隊士らしい。

「本日より近衛竜騎兵隊に配属されました、ウォーター・シェパードです!あなたが隊長殿でありますか?」

「ああ、いや、私は隊長では……そんなことはどうでもいい、すぐに竜を降りるんだ!今すぐに!」

 いきなり物凄い剣幕で怒鳴られて面食らったが、ウォーターは言われたとおり素直に、ひらりとロシナンテの背から降りた。

 羽帽子の隊士はつかつかとウォーターに歩み寄り、がつんとひとつ拳骨をくらわした。

「いてっ……あ、あのう、何が悪かったんでしょうか?竜を降りずに挨拶したから?」

「ちがう! そうじゃなくて、そもそもなんで竜をここに……ええいもう、いいからこっちに来い!」

 ウォーターは、親猫にくわえられた子猫のように、襟首をつかまれて白塗りの隊舎へと引っ張られていった。

 

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 ウォーターが連れてこられたのは隊舎の最奥の一室。鎧や剣が所狭しと飾られた部屋の中央に、竜騎兵隊のサラマンダー紋章入りのタペストリーが掲げられている。

「はっはっは、着任早々、竜でここに乗り付けたとは前代未聞だ!こりゃあお前、大物になるぞ!」

 豪快に笑いながらウォーターの肩を叩く人こそは、この部屋の主、親衛隊長パトリック・タッカー伯爵である。固太りの体躯、四角い顔の周りに金の口ひげをはやした姿は、どこか獅子を連想させる。

「あ、ははは……その、どうも、申し訳ありませんでした」

 それほど怒られずに済んだのは幸いだったが、ウォーターは冷や汗が止まらなかった。先ほどの羽帽子の隊士が、渋面で後ろに控えているためである。

「タッカー隊長……あまり新入隊員を甘やかさないでください。他の隊員たちに示しが付きません。いくらその者が、女王陛下のご推薦であるとはいえ……」

「まあまあ、それはそうだがな……。そうだアスター、そう言うなら、彼の教育は君に任せることにしようじゃないか。他の隊員と分け隔てなく、みっちりしごけばいい」

 それでいいね、と隊長に振られて、ウォーターはあわてて背筋を伸ばした。

「はい、どうかよろしくお願いします!」

「やれやれ……お前には、教えることが多そうだ……」

 アスターと呼ばれた隊士は、帽子の羽をひらひらさせながら大仰に首を振った。

 と、そこで、コンコンとドアが鳴った。

「隊長殿はおられますか!」

「おう、ボイドか、入れ」

 失礼、と部屋に入ってきたのは、身の丈6フィートを優に超え、体重は200ポンドを下るまいという大男だった。続けてその影に隠れるように、色白に長いウェーブの金髪、中世的な細身の優男……いや、その腰つきを見るに、どうやら本当に女性であるらしい。

 二人とも青い制服に白いマントを羽織る、上級隊士の格好をしている。

「なんだ、クレインもいたか。ならばちょうどいい、ここでウォーター君に、改めて三人を紹介しよう」

 そう言うとタッカー隊長は、大げさな身振り手振りを交えながら、執務室に集まった三人の隊士の紹介を始めた。

「君をここに連れてきた羽帽子の男は、副長のアスターだ。隊の実務全般を取り仕切ってもらっている。隊のことなら何でも知っている、君も何か問題があったら彼に相談するように」

 面倒くさそうに軽く片手をあげるアスターを尻目に、タッカー隊長は続ける。

「そこの大男は分隊長のボイド。見てのとおりの怪力自慢、荒事では一番頼りになる。君も一度、稽古をつけてもらうといい」

 おう、よろしくな、新入り!ボイドは響くような大声で言った。いや、彼にとっては、それがいつもの音量なのかもしれないが。

「最後に、彼女は紋章官のクレイン。女性ながらに撃剣の名手で、実力で今の地位を勝ち取った。わしも、あと二十若ければ放っておかんのだがな」

「……よろしく」

 ボイスとは対照的に、クレインの声は今にも消え入りそうだった。

「まあ、こんな奴らだが、彼らは私の最も信頼する部下たちだ。巷では『三竜士』などと呼ぶものもいるがね」

 そう締めくくるとタッカー隊長は、今度は竜士たちのほうに向き直った。

「さて、知っていると思うが、彼は今日から我々の仲間となるウォーター・シェパード君だ。女王陛下のご推薦つきで、素晴らしい人材だと聞いておる。まだわからないことも多かろうから、君たちも彼に色々指導してやるように」

「……そうですね……ならばまずは、あの竜をどうにかして欲しいのですけど……」

 筆で引いたような美しい眉をひそめて、クレインがささやく。するとボイスが、巨躯を震わせてながら怒鳴るように続ける。

「そうそう、そうです隊長殿。我々はそれを言いに来たのでした。そこの新人が乗ってきた竜が、隊舎の門の前からてこでも動かんのです。まったく、弱っちまいますよ」

 あちゃあ、ウォーターは天を仰いだ。竜を降りろと言われたときに、ロシナンテには待てを命じて、そのままにしてしまっていた。

「すいません、あいつは俺の言うこと以外聞かなくて……すぐにどかしますから!」

 あわてて部屋を出て行こうとするウォーターを、アスターが止めた。

「それは後でいい。この際言っておくが、大体、君には常識というものが欠けているんじゃあないか。そもそも何で竜に乗ってここに来ようと思ったのかね。皆が奇異の目で見ることぐらい、わからんものかね」

 え?ウォーターは首をかしげた。

「でも、私も竜騎兵になったからには、自前の竜をと思いまして……その、竜騎兵の方には、昔から慣れ親しんだ竜を、そのまま隊でも使う方が多いと聞いたものですから」

 ……うん、何だって?今度は隊長と竜士たちが顔を見合わせる番だった。

「……ウォーター君、女王陛下からは、君を『近衛竜騎兵』ではなく『竜騎兵隊付従士』に任ずべしと仰せつかっているのだが……」

「……従士、とは? それは、竜騎兵と一体どう違うのですか?」

 ウォーターのこの問いには、一同ぽかんと口を開け、すっかりあきれ返ってしまった。

「全く違う! いいか、竜騎兵というのはな……」

 アスターは頭を抱えながらも、一字一句、これでもかとウォーターにもわかるように説明した。

 つまり、近衛竜騎兵隊には百人ほどの人員がいるが、そのうち実際に竜に乗ることができる竜騎兵はせいぜい30人程度で、残りは竜騎兵の付き人、従士と呼ばれる徒歩の兵士である。

 その従士たちも、ウォーター以外は実力試験でもって優秀な成績を収めた者のうちから任官されており、経験をつんで竜騎兵に昇格することを目指して、日々努力を重ねているという。そこにぽっと出の新任隊士が、いきなり竜に乗って現れれば、皆がどう感じるかは、まあ、推して知るべしというところだろう。

「……あああ、また、えらいことをやってしまった……一体、おれ、これからどうすればいいんでしょう……?」

「そりゃあ、お前さんが考えることだ。話が終わったら、さあ、さっさとあの竜をどっかにやってくれ!出入りの邪魔だからどうにかしてくれって、俺もみんなにせっつかれてるんだから!」

 ウォーターの嘆きは、ボイスのだみ声にかき消され、空しく宙に消えていった。