女性は目元まで隠れるフードのついたローブをまとっていたが、その毅然とした立ち居振る舞いとから、おのずとその身分の高さが伺い知れる。

 看守に促されるまま、牢獄から連れ出されたウォーターは、この見知らぬ貴婦人とともに、テーブルと椅子のしかない殺風景な小部屋に通された。

「半刻ほど空けるように。他言は無用」

 婦人はそう言うと、看守にじゃらじゃらと音のする巾着を手渡した。

「へへへ、どうも」

 看守はひげ面に下卑た笑いを浮かべ、二人を残してどこかへ去っていった。

「……さて、羊飼いの子ウォーター(ウォーター・シェパード)、私が誰だかわかりますか」

 看守の足音が去ったのを確認し、ウォーターを自分の向かいに座らせると、ようやく婦人はフードを取った。ひっつめた黒髪と切れ長の目、細いあご、薄い唇、金縁の片眼鏡。細身だが、背はウォーターより頭一つ高い。女性ながらに大学の教授を思わせる、知性と厳しさをそなえた顔つきである。年のころは三十を少し超えるといったところだろうか。いや、落ち着いた風貌が、実際よりも年上にみせているのかもしれない。

「も、申し訳ありませんミセス、おれ……僕には、あなたのような立派な知り合いはいなかったと思います」

 緊張で声を裏返らせるウォーターを見て、婦人は静かに笑った。

「そういうときは『私』でよろしい。私はあなたのことを一度見たことがありますよ。そのあなたは、もう少し堂々としていらしたようだけど」

 数瞬の後、ウォーターは「ああ」と間の抜けた声をあげた。

「ではあなたは、あのとき、陛下のお側にいた……!」

 そう言われてみれば確かに、瓦礫の中から女王を抱き起こした女官の声は、今ここで聞いている声と同じだったような気がする。

「陛下付き女官長のアデレード・ハーヴェイです。陛下と私を救っていただいたこと、まこと感謝の念に堪えません」

 そう言って深々と頭を垂れるミセス・ハーヴェイを見て、ウォーターは泡を食った。王宮勤めの女官もピンからキリまで様々で、給仕や洗濯をする下女ならばウォーターとそう身分も変わるまい。しかしミセス・ハーヴェイは、宮中に勤める千を超える女官たちの筆頭と名乗った。その職務は、家柄はもちろんのこと、優秀な頭脳なくしてつとまるものではない。そんなひとかどの人物が、ただの羊飼いに頭を下げている。

「どうか、顔を上げてください!」

 ウォーターは懇願したが、それでもなお、ミセス・ハーヴェイは譲らなかった。

「陛下からも、厚く礼を述べるよう仰せつかっています。……そして、このような状況になってしまったことを、よく詫びるように、とも」

「……へ、陛下が、ですか?」

「はい、その通りです」

 ……あれ、それは一体、どういうことだろう。ウォーターは首をかしげた。

「あの……私は、今、陛下に訴えられて、ここにいるのではないのですか?」

「………おっしゃる通りです」

「あれ、ならば、あの、今のお話だと、女王陛下は私の無実をご存知なのですね?」

「当然です。我々は、一番近くであなたの行動を見ていたのですから」

「だったらなぜ!」

 ウォーターは、思わず声を荒げた。

「なぜ私と……私の家族を、ここから出してくれないのですか!?なぜ私を罪人にしようとされるのですか!」

「………申し訳ありません」

 更にまくしたてようとしたところで、ウォーターは、はっとした。

 先ほどまで冷静だった——いや、そう装っていただけであったのか、押し殺すように詫びるミセス・ハーヴェイの顔は、恥と怒りに歪んでいた。

「ウォーター・シェパード。看守には拷問に手心を加えるよう申し付けておきました。裁判までの残り3日間、辛いでしょうが、嘘の自白だけはしないように。それはあなたの死を意味すると同時に、陛下に仇なす、『本当の罪人』を利することにもなるのです。裁判まで耐えれば、あとのことは私が手をつくします」

 ミセス・ハーヴェイの口調は真剣そのもので、嘘をついている様子などは微塵も感じられなかった。

「今は多くは申せません。ただ女王陛下のために、どうか、今だけは、耐えはいただけませんか」

 女王陛下のために。ミセス・ハーヴェイが声を震わせながらその言葉を口にしたとき、なぜだかウォーターは、全身の血がすっと引いていくような、不思議な感覚を覚えた。

「……わかりました。それが女王陛下のためとあれば」

 ハー・マジェスティ。ウォーターは力強い声で、その名を口にした。それまでのおどおどした態度とはうってかわった、堂々たる宣言だった。その目には、女王を助けるために竜で垂直の崖を降りたときと同じ、覚悟の光がともっていた。

 この豹変ぶりは一体何なのか、ハーヴェイは少しあっけにとられた。が、ウォーターが命がけで女王と自分の命を救った恩人であることを思い出し(記憶力のいい彼女でさえも忘れがちになほど、普段のウォーターは頼りなく見える)、この強い正義感こそが青年の本質なのだと思うことにした。

 実際のところ、豹変の理由はウォーター本人にさえわかってはいなかったのだが。

 しばらくして、看守が戻ってきた。ミセス・ハーヴェイは再びフードを深く被って部屋を去り、ウォーターはもとの牢獄へと戻された。

 既に夜はとっぷりとふけ、泥棒も店じまいするような時間であったが、ウォーターは目がさえて全くもって眠れなかった。状況に希望がみえてきたことに興奮していたこともあるが、それ以上に、ミセス・ハーヴェイが別れ際に言ったこの一言が効いていた。

「ウォーター・シェパード。女王陛下は、ことが片付いたらあなたに直接お礼がしたいとおっしゃっています。どうやら、ずいぶんあなたのことを気に入られたようです。それでは、また」

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