正式な入隊の手続きは明日行うから、今日のところは帰りなさい、とタッカー隊長に言われて、そそくさと隊舎を後にする。昼下がりの王都の大通り、ウォーターはロシナンテにまたがったまま、すっかりしょげかえっていた。主の落ち込みように影響されてかロシナンテの足取りまでもが重く、「馬鹿野郎、ぼさっとするな」と行きかう馬車にどやされる。

「ああ、すみません……はあ、俺、一体これからどうしたらいいんだろう」

 竜騎兵隊赴任初日からやらかした失態は、明日からのウォーターの隊生活をひどくやり辛くすること請け合いである。

 更に加えてウォーターの頭を悩ますのは、愛竜ロシナンテの処遇だった。

 ウォーターはロシナンテを竜騎兵隊付の竜と扱ってもらえると思っていた。当然、寝床やえさの世話なんかも隊でしてもらえるのだろう、と。しかし現実には、ウォーターは竜に乗ることさえも許されない従士の身分での召抱え。当然隊の竜舎にロシナンテを置いてもらえるはずもなく(タッカー隊長はウォーターを憐れんで特別に許可しようとしたが、副長アスターが他の隊士に示しがつかぬからと断った)、ウォーターは身銭を切って竜の身を養う羽目になってしまった。

 従士とはいえ竜騎兵隊員の給金は結構な額になるので、ここでは金の問題はひとまず置く。としても、実際問題として、竜を飼う場所を見つけることのほうが難儀だった。王都ティンタジェルは、城壁の中に二十万の人々が芋を洗うようにひしめきあう、東洋世界屈指の大都市である。所狭しとごちゃごちゃ立ち並ぶ住居も、昨今では需要に追いつかず、一般庶民の多くは兎小屋のような貸家に不満を抱きながら日々を送っている。小山ほどもある竜を飼う空間など、どこを探してもそう見つかるものではない。

 タッカー隊長や竜士たちからは、故郷の牧場に帰してはどうかと言われていた。竜騎兵隊舎に竜を置けるのは、隊長と「三竜士」を含めた十人だけで、残りの隊士は現にそうして郊外の牧場に竜を預けているのだという。

「やっぱり、そうするしかないんだろうか」

 あこがれの竜騎兵になれたというのに、高い金を払ってようやく手に入れた念願の愛竜を、すぐに手放さなくてはならないとは。ウォーターは悲しげにロシナンテの頭を撫で、自らの不運を……いいや、今回のことは自業自得であるので、自らのおっちょこちょいを呪った。

 そうこうするうちに、とぼとぼと歩く一人と一頭は、いつの間にやら大通りをはずれ、竜が一頭やっと通れるくらいの脇道に入っていた。すれちがう通行人の迷惑そうな視線、玄関先の水樽をひっくり返されたおかみさんが金切り声をあげる。それらにひとつひとつ頭を下げながら、ウォーターとロシナンテがやっとのことでたどり着いたのは。

「えーと、シャノン通り、西18番、『煙の瓶』亭。よし、ここで間違いないな」

 ウォーターは羊皮紙の切れっ端と、目の前に建っている薄汚れた宿屋を見比べた。

 そこは、王都で暮らすなら住む場所が必要だろうと、ハーヴェイ女官長が紹介してくれた下宿先だった。「私からの紹介と言えば、安く部屋を貸してくれるでしょう。あまり上品な宿ではありませんが」との言葉通り、いかにも場末の安宿といった風情である。

「あのう、すみません、どなたかいらっしゃいますか」

 ウォーターは店先の扉をあけた。ちりん、ちりんと呼び鈴が鳴り、同時に澱んだ酒臭い空気が外に漏れる。一階は酒場になっているようだが、まだ日が高いせいか客は一人もいない。

「はいはい、何でございましょ」

 カウンターの奥からひょっこりと現れたのは、さほど背の高くないウォーターの、更に胸の辺りまでしかないという小男だった。歳はまだ四十かそこらと見えるのに、ずいぶん腰が曲がっている。くすんだ灰色の縮れ毛の下に、同じ灰色の瞳を上目遣いに光らせて、その姿はいかにも臆病そうに見えた。

「ウォーター・シェパードといいます。ミセス・ハーヴェイの紹介で、こちらに下宿させていただきたいと……」

「ああ、はいはい、聞いていますよ。二階の角部屋を開けておりますから、ささ、おあがりください」

 手もみしてウォーターにすり寄る亭主は、しかし次の瞬間、開け放たれた玄関のドアの先をみてびっくり仰天。ひゃあと情けない声をあげてひっくりかえってしまった。

「なな、なんで竜が、こんなところに」

 狭い通りにでんと寝そべっていたロシナンテ。亭主の声に反応して、玄関に鼻先を突っ込もうとしていた。

「こら、ロシナンテ! ちょっと待ってろ!」

 ウォーターはあわててロシナンテの鼻先を外に押し返し、亭主を助け起こした。

「ああ、すみません……あれ、僕の竜なんです」

「へえ、あんたの竜!? 一体なんだってこんなところに連れてきたんです!」

 驚かされた反動か、亭主はものすごい剣幕でウォーターに抗議した。目に涙を浮かべ、顔を真っ赤に、駄々っ子のように手足をばたつかせながら、であるが。

「はあ、すみません……だけど僕も、飼う場所がなくて困っていて……もちろん世話は自分でするから、ここに置いてもらうわけには……いきませんよねぇ」

「あたりまえですよ! 一体どこにそんな場所が……それにあんなのが店にいたんじゃあ、お客さんが怖がって寄り付かないじゃないですか!」

 そうですよねえ、ウォーターはがっくりとうなだれて、大きくため息をついた。

「とにかく、すぐにあの竜をどうにかしてもらわないと、いつまでもあんなところに置いとく訳には——」

 と、亭主が言うそばから、外から甲高い女性の叫び声が聞こえる。

「ほうら、いわんこっちゃない!」

 亭主はあわてて外に出ようとしたが、まだ玄関先に寝そべっているロシナンテにびくついて二の足を踏んだ。

「ウォーターさん、あなた、ちょっと行ってきて下さいよ!」

「は、はい!」

 ウォーターは言われるがままに、あわてて宿を飛び出した。

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