「恋人って……」

 ウォーターは絶句した。

 この女は、一体何を言い出すのか。主を助けた礼として? 王都の人間は、そのような理由で(いや、彼女にとっては重要な問題なのかもしれないが)、こんなにあっさりと交際を始めてしまうものなのだろうか。それともやはり、何かの冗談なのだろうか。生来女性にもてたことのないウォーターには理解できなかった。

「ちょ、ちょっとまって。だってまだ、初めて会ってから一時間と経っていないのに」

「あら。女性が男性を好きになるのに、時間なんて関係ないわ。あなたは十分に素敵よ。それとも、もしかして照れていらっしゃるのかしら」

 くす、とシャロンは挑発的に笑った。彼女の言葉通り、訝しんでみせる態度とは裏腹に、ウォーターの顔面は熟れたりんごのように真っ赤に染まっていた。

「……それとも、私じゃ不足かしら。そうよね、あなたは竜騎士さまだもの。私みたいな端女でなくとも、言い寄ってくる女なんて、きっと星の数ほどもいるんだわ」

「い、いいや、決してそういうわけじゃ。ただ——」

 ただ、俺には、心に決めたひとが。いいかけて、ウォーターはハッとした。あれ、俺は、一体誰のことを言おうとしているのだろう。

「ただ?」

「い、いや、何でもないよ……」

「それだったら、ねえ、いいでしょう……?」

 シャロンは目を潤ませて、白い指をウォーターの手にからませた。腕に押し当てられるやわらかい女性の身体の感触にあてられて、うぶなウォーターは身じろぎもできず棒立ちになる。

「ねえ、目をとじて……」

 首筋に、シャロンのなまあたたかい息がかかる。ウォーターは抗いきれず、言われるがままに目をつむった。

 

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 そのまま、丸一分ほども目をつむっていただろうか。

「……ぷっ……あっははははは!」

 ついにこらえきれなくなったシャロンが、身体をくの字に曲げて大笑いをはじめた。その段になってウォーターもようやく、自分がからかわれたことに気がついた。

「ひどいじゃないか!」

「あはは、のせられるほうが悪いのよ」

 全く、男ってのは節操がないんだから。悪びれる様子もないシャロンに、ウォーターは抗議しようとしたが、「あなた、間者になるのだから、女に釣られてるようじゃだめじゃないの」と言われてしまえば、ぐうの音も出ない。

「でもね、恋人になれっていうのは、半分ほんとなのよ」

「どういうこと?」

「私、これからちょくちょくこの部屋に来ることになるのだけれど。それには、私たちが恋人同士だってことにしといたほうが都合がいいでしょう。敵に勘繰られないようにするために。あくまでフリだけ、ね」

 なるほど、そういうことなら協力するよ。ウォーターは頷いた。ああ、なるほど、いよいよスパイらしくなってきた。

「ああ、だったら、宿屋の親父さんにも、そういうことで通しておいたほうがいいのかな」

「いえ、それは大丈夫。この宿は、ハーヴェイ様の間諜が情報交換のために使う宿だから。親父さん、私の名前を知ってたでしょう。あの人も、女王陛下の協力者なのよ」

 へぇ、人は見かけによらないなあ、ウォーターはつぶやいた。どこかねずみを思わせる風貌で、いかにも臆病にみえる宿の主人は、とても間者であるようには見えなかった。

「あなた、人のことを言えるの?」

 それを聞いたシャロンは、鼻で笑った。