「……王宮の、使用人」
ハーヴェイは目を丸くした。
「一体、どうしてそのような」
「できませんか?」
「……いえ、いえ、できるでしょう。可能か不可能で言うならば。……しかし、それは……」
聡明なハーヴェイが珍しく口ごもる、その理由。ウォーターは既にそれを知っていた。
「私の身を案じて下さるのはありがたく思います。『彼ら』の陰謀を邪魔した私が宮廷にいては、きっと目の敵にされるでしょうからね。しかし私は、それも覚悟の上です。ほんの少しでもいいから、苦しい立場にあられる女王陛下のお役に立ちたいのです」
どもらないように、ゆっくりと、しかし力強く、ウォーターは言った。
軽い気持ちではない。覚悟を決めた上で、それを口にしている。それはハーヴェイにもすぐにわかった。
「……陰謀、と言いましたか。それは、一体誰に吹き込まれたのですか」
ハーヴェイは複雑に顔を歪めた。
「え、ええと、それは……」
今度はウォーターが口ごもる。自分が教えたことは内緒にしてくれと、トマスには何度も釘をさされていた。
「まあ、いいでしょう……大体想像はつきますからね。まったく、あれには強く言っておかなくては……ええ、そうです。あなたの言うとおり。女王陛下は今、苦境の中にあられます」
まさか、他の誰にも言ってはいないでしょうね。上目遣いに睨まれて、ウォーターはぶるると首を横に振った。
ハーヴェイは、大きな息をひとつついてから、吐き出すように言った。
「……やはり、あきらめなさい。あなたのような若者が、危険なことをするものではないわ」
「でも、もう決めたんです、女王陛下のためならば私の身なんて──」
「ならばあなたは、厳しいことを言うようだけれど、一体何ができるのですか。ただの羊飼いのあなたが、宮廷の下働きになって、どうやって女王陛下をお助けするのですか」
「なんでも、なんでもです。やれと言われれば、なんだってやってみせます」
ですから、どうか。ウォーターはなおも食い下がり、あわれっぽく懇願した。
ハーヴェイは、自分が情にほだされそうになるのを感じていた。もとより、女王第一の忠臣を自負する彼女である。ウォーターのような名もなき民草が、これほどまでに女王のことを案じてくれることに、ある種の感動すらおぼえていた。
しかし、だからこそ自制しなければとも思う。純真なウォーターは、宮中の泥沼のような争いなどには到底向かないだろう。役にたつ見込みもなく、若者の命を無為に危険にさらす訳にはいかない。信義にもとる行いは、ハーヴェイの最も嫌うところである。
「あなたが、陛下にそれを言上することを止める権利は、私にはありません。ですが、陛下がそれをお認めになるかはまた別の話だということを心得ておいてください」
言いながら、ハーヴェイは考えていた。女王陛下には、この申し出を却下するように進言しよう。代わりに、褒章の土地か年金を加増するように。一時は恨まれようとも、それが結局ウォーターのためになるだろう。
「ありがとうございます!」
ウォーターは、ハーヴェイの言葉を肯定と受け取ったか、勢いよく頭を下げた。
「今から儀典官を呼びますので、宮中の作法を教わるように。謁見の時間はもう少し後になります。式には私も同席しますので、それでは、またのちほど」
そこまで言うとハーヴェイは静かに、つとめて平静に、部屋を去っていった。
間もなく、言葉通りに年配の儀典官がやってきて、ウォーターは色々の決まりごとをレクチャーされた。しかし、やはりというべきか。はじめのうちは真面目に聞いていたものの、女王との謁見の時間が近づくほどにウォーターはそわそわと集中力散漫になり、儀典官の頭を悩ませたのだった。