「女王陛下の竜騎兵よ、たとえ悪竜の業火に焼かれ、その身が灰になろうとも、主のために忠をつくし、その名に恥じることのなきよう」
がっしりとした壮年の軍人——近衛竜騎兵隊隊長タッカー伯が、ひざまずく若い竜騎兵の肩に抜き身の剣をあてた。青服をまとった百人からの隊士が、二人の挙動を見守っている。
「誓います。女王陛下の盾とならんことを」
若い竜騎兵、ウォーターは短く、しかしはっきりと答えた。
竜騎兵隊舎の広間で行われた入隊式。一連のやり取りは、中世の騎士叙任を模したものである。
「……さて。これで君は、われらが家族も同然だ。私を父、隊士たちを兄や姉と思って、困りごとは何でも相談しなさい」
タッカー隊長は、ぽんとウォーターの肩を叩いた。
「も、もったいないお言葉です、ありがとうございます……」
ウォーターは、がちがちに固まった体を、ぎくしゃくと起こしながら答えた。
「アスター!」
ウォーターの言葉を鷹揚に受けながら、隊長は副長の名を呼んだ。すると隊士たちの中から、ひときわ目立つ羽帽子が進み出る。
「ウォーター君だが、どの隊士につくかはもう決まっているのかね」
「……いえ、それが。今は皆、手がいっぱいで新人を教えている暇がないと……」
部屋の後ろに控えていた上級隊士たちの何人かが、わざとらしく咳払いをして目をそらした。こういう手がかかりそうな新人(たとえば、竜で隊舎に乗りつけるような)は勘弁願いたい、とでも言いたげに。
「なんだ、情けない。それじゃあお前、誰が彼の面倒をみるんだ」
「当面は私の付き人とします。ただ、私も隊務がありますので。基本的なところは、古株の従士に任せようと」
「ふむ……まあ、お前がそう言うなら、大丈夫だろうが」
「はい、悪いようにはしません」
「うむ、わかった。それじゃあ、まあ、上手いことやってくれ」
そこまで言うと、タッカー隊長はウォーターに向きなおった。
「さて、きいての通りだウォーター君。はやく一人前になるよう、励みたまえよ」
はい、がんばります!ウォーターはやや声を裏返らせて答えた。
「うむうむ、頼もしいことだな、ハッハッハ!」
あまり歓迎の意思が感じられない微妙な空気の中で、タッカー隊長の笑い声が、だだっぴろい広間にひとり響いていた。
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「と、いうわけで、今日から俺が貴様の教育係だ」
まずは同僚に挨拶をしろと隊長に仰せつかり、従士控室を訪れたウォーター。彼を待っていたのは、大きなアーモンド形の目を意地悪く細めた青年だった。
「あ……君は、昨日の……」
ウォーターはぱっ顔をあからめた。そう、この細身ながら精悍な青年には、ちょっとした「不運」で、とんでもない場面を見られてしまっていた。よりによって、こんなに早く出くわすことになるとは。
「……アルフレッド・ベイカー。アスター副長つきの従士。……お前と同じくな、不本意ながら」
従士ベイカーは、苦虫をかみつぶしたような顔で手を差し伸べた。
「ど、どうも……」
ウォーターはばつのわるそうにその手をとった。どうやらこの先輩従士は、昨日の一件のことを誤解したまま、まだ忘れてはくれていないらしい。
「そ、その、昨日のことは、ほんの行き違いというか、その……」
「フン……まあ、いいんじゃないか。たまにはお楽しみも必要だろう。これから貴様には辛い軍隊生活が待っているんだからな」
しごいてやるぞ、と暗にほのめかされたことはウォーターにも理解できた。この様子では何と弁明しても逆効果だろう。ああ、まったく、シャロンのせいで。
「何をぶつぶつ言っている」
「い、いえ、何でも。ところで、他の従士の方はどこへ?」
ウォーターは話題をそらそうと、あたりを見回した。100人は入れそうな控室には今、ベイカーとウォーターの二人きりだ。
「……ふ。他でもない、貴様の歓迎会の準備だよ」
そのときベイカーは、初めてウォーターに笑顔を見せた。ウォーターにはそれが、牙をむいた肉食獣のように見えた。