「ともかく、『いとしのウォーターさま』、これからよろしくね」

「う、うん、よろしく、ミス・ブ……じゃない、シャロン」

 シャロンが差し出した手を、ウォーターがぎこちなく握り返した。二人が自然な恋人同士のように振舞えるようになるまでは、いま少し時間が必要なようだった。

「光栄に思いなさいよ、あなた、私の恋人になれるんだからね!」

 シャロンは豪快に笑うと、またしてもウォーターの背中を思いっきり張った。

「うわっ!?」

 不意にはなたれた男勝りの一撃に、ウォーターはまたバランスを崩し——間の悪いことに、今度は転ぶまいと踏ん張った先に、シャロンのドレスのすそがあった。

「きゃあ!?」

 ウォーターがシャロンに覆いかぶさる格好で、二人は仲良くベッドの上に倒れこんだ。

「なっ……なにすんのよ!」

「ご、ごめん! すぐにどくから……あ、あれ、何かボタンがひっかかって……」

「ちょっと! どこ触ってるの!?」

 えてして、間の悪いことは続くものである。

 ふたりがベッドの上でごそごそとやっているとき、バタン、とノックもなしに部屋のドアが勢いよく開けられた。

「ウォーター・シェパード! ウォーター。シェパードはいるか!」

 ドアを開けて入ってきたのは、長身の若者。しなやかな筋肉の付いたスマートな体つき、細いあごとアーモンド形の大きな目がヒョウを連想させる。短く刈り込んだ金髪が、精悍な雰囲気を際立たせている。

 そして若者が身にまとうのは、上等の青い生地で織られた竜騎兵隊の制服。白い直垂をつけていないので、おそらくはウォーターと同じ従士身分の下級隊士であろう。

「……ッ………貴様、昼間から、いい身分だな」

 従士はベッドの上の二人をみて、いまいましげに吐き捨てた。

「い、いや、ちがうんだこれは!」

 誤解だ、これはその、偶然のなりゆきで。苦しいウォーターの弁明を無視して、従士はウォーターに手にした小包を投げてよこした。

「アスター副隊長に頼まれた。先ほど渡し忘れた、竜騎兵隊の制服だ。明日からはそれを着て来い。当然、出勤は竜でなく徒歩でな」

 それだけ告げると、従士はさっときびすを返して部屋を出て行った。このことは副隊長殿に報告しておく、と、去り際に言い残して。

「…あらら。あなた、明日から大変ね」

 シャロンが、ひとごとのようにつぶやいた。

 

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 結局、この日はそこまでで、一旦シャロンとは別れることになった。

「それじゃ、がんばんなさいよ、いとしの竜騎士さま」

 投げキッスをよこして去っていくシャロンを、ウォーターは何かもやもやした気持ちで見送った。

 初対面から振り回されるばかり、頭痛の種をふりまくあだ花のような女。これからずっと付き合っていくと思うと気が滅入る思いだったが、同時に彼女は、ウォーターの最大の懸念を解決してくれてもいた。ロシナンテの住居である。

 ウォーターが愛竜の置き場に困っていることを打ち明けると、シャロンはばかねぇ、と笑いながらも、ウォーターのために宿屋の主人との交渉を引き受けてくれた。

「親父さん、この宿、確か裏手に立派な厩があったわね。今馬は一頭もいないんでしょう、そこにいれてあげたらいいじゃない」

「いえいえ、あれは来客用でして……それに、馬なら五頭ははいりますが、竜なんて入れる広さはありませんよ」

「どうせお客なんて滅多に来ないじゃないの。それに、広さもそれで十分よ」

「へえ?」

「馬房の仕切りをとっぱらって、ひとつの部屋にしちゃえばいいのよ」

「ご、ご冗談を!」

「工事費用や場所代は、竜騎士様から存分にふんだくればいいわ」

「で、ですが、やっぱり厩を壊すというのはちょっと……」

「いい、私の言葉はハーヴェイ様のお言葉、更に言えば、女王陛下のお言葉よ。私は、あの頼りない竜騎士様に出来る限りの便宜を図ってあげるようにいわれているの。まさか、親父さんも反対なんてしないわよね?」

 と、いった具合である。

 押しの強さはまさに天下一品。ウォーターはシャロンの肝っ玉をうらやましく思った。

 

 その日から、煙の瓶亭には奇妙な噂がたつようになった。「夜な夜な妙なうめき声が聞こえる」「大量の肉を持ってうろつく男がいる」「裏手に回ると、怪物が厩から顔を出して自分を食おうとしていた」などなど。多くは、酔っ払いのたわごととして片付けられたが、「少ない客がまた減った」と、宿の亭主の悩みは日々増すばかりだった。

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