「……なぜ、あのようなことを」
謁見室を退出して、女王の寝室に二人きりになったところで、ハーヴェイは女王に問うた。
「あら、いけませんでしたか?『ハーヴェイ先生』」
女王は親しげにそう呼んだ。二人のときは主従ではなく、幼少のころからの、師と生徒の関係で接して欲しい、という意思表示だった。
「『エヴァ』、あなたの意見を、公の場で真っ向から否定することはできません。私はあくまで、あなたの侍女ですから」
ハーヴェイは眉間にしわを寄せる。
「……まあ、終わったことを言っても仕方ありませんが……次からは前もって私に相談してほしいものです」
「ごめんなさい。でも先生、相談してたら反対したでしょう?」
「もちろんです。ウォーター・シェパードを王都に留めれば、彼を常に敵の魔手の前にさらすことになりますからね。……それに、正直、彼が軍隊の生活に耐えられるとも思えません」
「……そうかもしれない。彼、とっても気が弱そうだったから。そのときは、先生の仰るように、田舎に帰ってもらうわ。でも」
女王は、ひとつ呼吸を置いた。そして目を閉じて、夢を見るようにゆっくりと、言う。
「彼は、なんだか、また私を助けてくれるような気がするの」
「………」
ハーヴェイは黙って首を振った。ああ、どうして私はこの娘に、こうも甘いのか。いくら口では否定的なことを言っても、ひとたび女王から「お願い」されてしまうと、ハーヴェイはそれをかなえずにはいられなかった。
「……仕方ありません」
「ありがとう、先生」
にっこり笑う女王、ハーヴェイは苦笑しながら、深くため息をついた。
ハーヴェイには、ひとつ懸念があった。
女王には報告していなかったが、このところ近衛竜騎兵隊に不穏な噂があるのだ。女王の盾たるべき彼らが、裏で枢機卿を筆頭とする光神教会とつながっている、と。いずれ間者を放ち、ことの真偽を調査しなければと思っていたのだが……
ウォーターにその役目をやらせるのか。本当にもう一度、女王を助けてもらうのか。考えて、ハーヴェイは頭を抱えた。はたして、あのお人よしに、間者など勤まるものだろうか。
いいや、ここまできたら、勤めてもらうほかあるまい。今回の件で、ウォーターは目立ちすぎた。どのみち、もはや無関係では済まされないだろうから。
「ねえ、先生。私、本当に彼のことが気に入っているの」
何も知らない女王は、無邪気に笑った。