そしてついにやってきた、謁見の時間。ウォーターは、王城の謁見室の門前に立っていた 。両脇に儀仗兵をしたがえて……いいや、ウォーターがどうにもおどおどしているせいで、何か悪さをして連行されているようにも見える。

 この門の先に、女王陛下がいる。ウォーターは大きく息をついた。お会いしたい、お声をかけていただきたいという気持ち。すぐにこの場から逃げ出したくなるほどの緊張。相反する二つの衝動を、必死に抑える。

 門の内側で、儀典官の前口上が終わる。同時に、儀仗兵が門を開けた。ウォーターの眼前に、ついに謁見室の光景が開かれる。

 入り口とと玉座の間には20ヤードほどの距離、そこに赤絨毯が敷かれていた。両脇には、女王の侍従とおぼしき僧侶と貴族の列。

 そして、一段高くなった玉座には。ウォーターはおそるおそる見上げ——あれえ、と思わず気の抜けた声を漏らした。玉座には天蓋から白いヴェールがかけられ、女王の姿は衆目から隠されていた。

 こら、前に進まぬか、と儀仗兵に小突かれて、ウォーターはやや正気をとりもどし、赤い絨毯の上をぎくしゃくと進んだ。玉座の数歩手前に歩み出て、跪き、頭を垂れる。スムーズにとはいかないが、おおむね作法どおりの振る舞いである。

「よく参られた、ウォーター・シェパード。女王陛下をお助けしたあなたの忠義の心、まことに見事でした。女王陛下の名の下に、今ここに、あなたの功は報われるでしょう」

 ヴェールの内側から聞こえる声。あるいはこれが女王の声か。いいや、ちがう。聞き覚えのあるこの凛とした声は、ハーヴェイ女官長のものだ。なるほど、灯りに照らされたヴェールには、椅子に座った人物の姿と、右側に侍る背の高い女官の姿、二つのシルエットが映し出されている。ああ、ということはやはり、あの影が。

「ウォーター・シェパード!」

 ハーヴェイにもう一度名前を呼ばれ、ウォーターは慌てて、事前に仕込まれた答礼を行った。途中なんどもつっかえ、言葉を間違えるそのたび、謁見室の貴族たちから失笑がこぼれる。ウォーターに対して向けられる、珍しい動物を見るかのような視線。彼らがウォーターを歓迎していないのがありありとわかる。

 しかし幸か不幸か、必死のウォーターはそのようなことには気付きもしなかった。なんとなれば、事件の日から片時も頭の隅を離れない女王陛下。白い薄布一枚隔てて、その本人が今ここにいるのである。

「ウォーター・シェパード!」

 再び、ミセス・ハーヴェイの声がした(相変わらずのウォーターの様子に腹を立てているのか、多少の棘が感じられる)。ウォーターが呆けているうちに、話はどんどん進んでいってしまったらしい。

「聞いていましたか?女王陛下は、あなたの願いをひとつ、何でもかなえてくださると仰せです。さあ、望みは何ですか?」

「っ……はい、私の願い……それは……」

 私の願いは。ウォーターはそこで言葉を切った。謁見室に、数瞬の沈黙が流れる。一体こいつは、何を言い出すのか、室内の誰もがこの田舎者の次の言葉に注目した。

 しかし実のところウォーターは、迷っていた訳でも、ためを作ったわけでもなかった。単純に、緊張しすぎて、あんなにも真剣に考えていたはずの自分の願いをど忘れしてしまっていたのである。「願い、願い、一体何だったっけ」と焦るほどに、記憶は水のように手の内からこぼれ落ちていく。

「え、えーと……あ、ああ、そうです!」

 そうだ、これしかない!ウォーターはようやく思い出した。なんだ、簡単なことじゃないか。僕はずっと、そうしたかったんじゃないか。何を迷うことがあったのだろう。

「女王陛下。どうか私に、もう一度、そのお顔をお見せいただきたく思います」

 ウォーターは、満面の笑みで言った。

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