「うわあ……」

 ウォーターの嘆息は、何度目になるだろうか。

 馬車がないと移動できないほど、だだっ広い庭園。壮麗な彫刻が施されたアーチ門と、高い天井の回廊。ステンドグラスからこぼれる七色の光。そして今通されたこの部屋もまた、目がくらむ程のきらびやかな調度と装飾で満たされている。犯罪者から一転、女王の命を救った英雄として、ウォーターはエヴァンジェリン2世直々の招待により、アヴィリオン王国の中枢、ティンタジェル宮殿に招かれていた。

「ウォーター・シェパード、もう少ししまりのある顔はできませんか」

 ため息混じりに言うのは、女官長のアデレード・ハーヴェイである。

「も、申し訳ありません。気をつけます」

 喉もとをくすぐるレースの襟を気にして、ウォーターは声をうわずらせた。いつもの粗末なシャツの変わりに着せられた、貴族の子弟が着るような上等の羅紗は、お世辞にも似合っているとは言いがたい。

 部屋の隅に控えていた若い女官たちは、そんなウォーターを見てくすくすと笑ったが、これはハーヴェイが目配せして止めさせた。

「あなたたち、少し席を外しなさい」

 ハーヴェイに言われると、女官たちは軽く会釈をして、そそくさと去っていった。しかし廊下からはまだ、黄色い声でウォーターのことを噂しているのが聞こえてくる。「まったく」とハーヴェイは頭をかかえる仕草をした。

「裁判には顔を出せず、申し訳ありませんでした。今、改めてあなたに礼を言います。ありがとう」

 女官たちが遠ざかったのを確認すると、ハーヴェイはウォーターに向き直り、深々と頭を下げた。

 おやめください、ウォーターは慌てた。女官長の誠実な人柄は知っているが、こう何度も頭を下げられると恐縮しきりである。

「ところで、褒賞の件は聞きましたね。あなたのご家族には、十分な恩賞と年金、それから免税特権が与えられます。贅沢をしなければ、働かずとも食べていける程度にはなるでしょう。そしてあなた個人には──」

「女王陛下に謁見し、願いをひとつ聞き入れていただける、と聞きました」

「その通り。常識の範囲ならば、大抵の願いはかなえられるでしょう。もう願い事は決めましたか?」

「……はい、実は——」

 ウォーターは少しためらったが、正直に答えることにした。先々のことを思えば、ミセス・ハーヴェイには自分の心の内を全て伝えておくべきだろう。

「実は、私を王宮の使用人として使っていただきたいのです」

 それが、この数日の間考えた末の結論だった。